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東京地方裁判所 昭和48年(ヲ)33号 決定 1973年5月31日

申立人(債務者)

金鎮奎

右代理人

松島政義

被申立人(債権者)

宮崎覚

第三債務者

丸沢正雄

被申立人を債権者、申立人を債務者とする当庁昭和四七年(ヨ)第四五二七号借地権仮差押申請事件について、

当裁判所が同年七月二〇日にした仮差押決定により、別紙(一)借地権目録記載の借地権に対してした仮差押の執行に対し、

申立人から執行方法に関する異議の申立があつたので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

一  被申立人を債権者、申立人を債務者とする当庁昭和四七年(ヨ)第四五二七号借地権仮差押申請事件について、当裁判所が同年七月二〇日にした仮差押決定のうち、主文第二項を左のとおり変更する。

債務者(申立人)は、別紙(一)借地権目録記載の借地権を処分してはならない。

二  申立人のその余の申立を却下する。

三  申立費用は、申立人の負担とする。

理由

(申立の趣旨)

一  主文第一項掲記の仮差押決定に基づく、別紙(一)借地権目録記載の借地権(以下「本件借地権」という)に対する仮差押の執行は、これを許さない。

二  右仮差押決定のうち第三債務者に対する執行は、これを取消す。

との裁判を求める。

(申立の理由)

別紙(二)「申立の理由」記載のとおり。

(当裁判所の判断)

一本件異議申立の対象について

(一)  先ず、主文第一項掲記の借地権仮差押申請事件の記録によれば、次の事実が認められる。

被申立人は、申立人を債務者として、当庁に対し、金額二〇〇万円の約束手形二通による計金四〇〇万円の手形金債権の執行を保全するため、本件借地権を仮差押の目的財産として表示し、賃貸人丸沢正雄を第三債務者として、本件借地権についての仮差押の申請をしたところ、当裁判所は、右申請による前記事件において、申立人(債務者)を審尋することなしに、昭和四七年七月二〇日「(一)債権者の債務者に対する前記債権の執行を保全するため、債務者の第三債務者に対する別紙目録表示の借地権(本件借地権)は、仮に差押える。(二)第三債務者は、右借地権について債務者のなすその譲渡につき承諾してはならない。(三)(いわゆる仮差押解放金額の記載につき、これを省略)」旨の主文の仮差押決定をなし、右決定正本は、第三債務者丸沢正雄に同年同月二一日、申立人(債務者)に同年同月二二日にそれぞれ送達された。

(二)  被申立人(債権者)が前示手形金債権の執行を保全するためにした前示仮差押の申請が前判示のとおりになされた事実からすれば、前示仮差押の申請は、具体的な執行の目的財産とは離れて抽象的、一般的、概括的に被申立人(債権者)のために、申立人(債務者)の財産に対し仮差押を許容する趣旨の仮差押命令を申請したものと解するよりは、むしろ具体的な執行の目的財産を本件借地権に制限して、これに対して仮差押を許容する趣旨の仮差押命令を申請したものと解するのが相当であり、また、前示仮差押の申請には、これが認容されることを条件として、執行裁判所でもある当裁判所に対し、その仮差押命令に基づく本件借地権の仮差押の執行を求める旨の申立が黙示的に含まれていたものと解するのが相当である。前示仮差押の申請を右のように解すべきものとすると、これに対してなされた前示仮差押決定主文の第(一)項は、(イ)本件借地権に制限して仮差押を許容する旨を命した趣旨(右第一項はこの趣旨において本件借地権仮差押の債務名義となる)と、(ロ)本件借地権を仮差押執行の目的財産として表示した趣旨(かかる表示だけでは未だ仮差押の執行がなされたことにはならない)ないしは本件借地権の仮差押を宣言した趣旨(かかる抽象的な仮差押の宣言だけでは、未だ本件借地権に対する仮差押の執行がなされたものとは解し難い。けだし、借地権のような財産権に対して仮差押が許容される場合、その執行方法は後述のように民訴法第七四八条、第六二五条第一項、第五九八条によるべきもののところ、これによれば、かかる財産権の仮差押をするには、法定の禁止命令を宣言することによつてしなければならないのであつて抽象的に仮差押の宣言をすることは必ずしも必要でもなければ、また単にそれだけでは充分でもないと解されるからである。)とを併せ含むものと解するのが相当であり、前示仮差押決定主文の第(二)項は本件借地権に対する仮差押の執行として命ぜられたものと解される。以上のとおりであつて前示仮差押決定主文のうち、第(一)項は右(ロ)の趣旨のものとしての限度において、第(二)項は、全面的に、本件借地権に対する仮差押の執行として命ぜられたものであるから、右決定主文のうち、本件執行方法に関する異議申立の対象をなすのは、右の部分である。

なお、申立の趣旨二の申立は、前記仮差押決定の主文第(二)項の取消を求めるものであることが明らかであるが、かかる申立は、申立の趣旨一の申立の中に当然に包含されているものと解されるから、これを別個独立の申立とみることはできない。

二申立の理由第一について

申立の理由第一は、要するに、本件借地権は、譲渡性が明確でないから、強制執行の目的物としての適格性を欠き、その仮差押は許されない、というにある。よつて案ずるに、

(一) 譲渡性を有しない権利は、強制執行の目的物としての適格性を欠き、差押または仮差押をすることができないのが原則である。しかしながら、これは譲渡性を有しない権利は、強制執行によつてこれを換価し得ず、従つて強制執行の目的を達することができないからである。それ故、差押または仮差押の申立の際には、即時の譲渡性を有しない権利であつても、その譲渡性の具備が期限または条件にかかるものであつて、換価のときまでに期限の到来または条件の成就によつて譲渡性を具備することが確実と認められるものは、その換価の前提としての差押または仮差押は許されて然るべき筋合である。のみならず、当裁判所としては、右のように、その譲渡性の具備が期限または条件にかかる権利については、たとえ換価のときまでに譲渡性の付与されることが確実とは認められなくとも、そのときまでに譲渡性を具備する可能性が相当高度に存する場合は、該権利の差押または仮差押はこれを許容すべきものと解するのが相当と思料する。何となれば、若しこれを反対に解するときは、それによつてかかる権利についての差押または仮差押を免れた債務者が、その後、債権者の不知の間に譲渡性を具備した該権利を債権者不知の間に他に処分してしまうことは、当然に起り得べきことであつて、かくては債権者が債務者の責任財産に対する追及の機会を不当に逸してしまうことになるからである。当裁判所のかかる見解に対しては、凡そある権利の差押または仮差押は、権利者から該権利の処分権を剥奪することを本質とするものであるから、即時の譲渡性を有しない権利の差押または仮差押を許容する右の見解は、処分権を有しない者から処分権を剥奪することを許容するというに帰し、背理である、との反論があるかも知れないが、当裁判所の右見解は、前判示したところから明らかのとおり、譲渡性を絶対的に有しない権利の差押または仮差押を許容するものではなく、その譲渡性の具備が期限付きまたは条件付きの権利、別言すれば、その譲渡性が未確定状態にある権利であつて、且つ、それが肯定的に確定する可能性が相当高度のものに限つて、差押または仮差押を許容しようとするものであるから、右の反論は未だ当らないというべきである。また、当裁判所の前示の見解に対しては換価のときまでに譲渡性を具備する可能性が相当高度に存するというだけで、かかる権利の差押または仮差押を許容するときは、実際上いつまでも譲渡性が具備されない場合に、債務者に無用の拘束を与えることになつて不当であるとの反論があるかも知れないが、債務者は、いつでも、換価のときまでに譲渡性を具備する相当高度の可能性があることを争つて、該権利の差押または仮差押に対する執行方法に関する異議または即時抗告を申し立てて、その取消を求めることができるのであるから、右の反論も当らないというべきである。

(二) 民法第六一二条第一項の規定によれば、賃借人は、賃貸人の承諾を得なければ、賃借権を他に譲渡することはできない。その反面賃借人は、賃貸人の承諾があれば、賃借権を他に譲渡することができる。すなわち賃借権は、賃貸人の承諾の意思表示―これは譲渡人、譲受人のいずれに対してなされてもよく、また、一般的になされてもよければ、個別的になされてもよい―のあることによつて、はじめて譲渡性を付与される。この意味において賃借権についての譲渡性具備は賃貸人の右の意思表示を条件とするものである。しかし賃貸人が右の承諾の意思表示をするか否かは全くその任意であるから、未だ譲渡性の付与されていない賃借権についての差押または仮差押の申立があつた場合、特段の事情が認められない限りは、換価のときまでに譲渡性が付与される相当高度の可能性があるとは到底言い得ない。

ところで建物の所有を目的とする土地の賃借権(以下単に借地権ということがある)についても、それが対世的効力を有すると否とを問わず、賃貸人の承諾の意思表示があることによつて譲渡性が付与されるものであることは、賃借権一般について前段に説示したところと同様である。しかし、かかる借地権の譲渡については、それが当該借地上に存する借地人所有建物の任意譲渡、競売または公売による所有権移転に伴つて行われるときは、借地法第九条の二または三所定の要件の存する限り、それについての賃貸人の承諾に代わる許可の裁判がなされ得るのであつて、借地権はこの裁判がなされることによつても亦譲渡性―これは、賃貸人が借地権譲渡について個別的に承諾を与えた場合のそれと同様、個別的なものであつて、譲渡の相手方は建物の取得者に限られる―が付与される。この意味において借地権は、その目的土地上に借地人所有の建物が存する場合は、一般の賃借権よりも、相当高度の譲渡性を有することは明らかである。のみならず、借地権の目的土地が更地であつて、現に建物が存しない場合であつても、借地人が他日、右土地上に建物を建てさえすれば、右説示したところに従つて借地権の譲渡についての、賃貸人の承諾に代わる許可の裁判がなされ得るようになるのであるから、かかる場合の借地権も亦、謂わば潜在的にではあるが、一般の賃借権よりも相当高度の譲渡性を有するものといわなければならない。

他方、建物の所有を目的とする土地の賃借権は、建物保護に関する法律や借地法によつて厚く保護される関係上、取引の実際において、これが財産権として譲渡される事例は極めて多い。その多くは、地上建物と共に譲渡されるのであるが、借地権の価格は、その際借地人から賃貸人たる地主に支払われるを通例とする相当額の譲渡承諾料を控除しても、地上建物の価格より、はるかに高額であることがしばしばある。また、それが当該土地所有権の価格(いわゆる底地価格)よりも高額であることも少くなく、否、東京のような大都会地にあつては、前者が後者よりも高額であるのが寧ろ常態でさえある。今や取引社会においては、借地権は、地上に建物が存すると否とを問わず、一般に、相当高度の譲渡性を有する、しかも高価な財産権として評価されており、これに伴つて金銭債権者がその債務者の有する借地権をその責任財産視する傾向も一般化しつつある。以上の事実は、当裁判所に顕著であつて、借地権に対する差押または仮差押の許否を考察するに当つても看過し得ないところである、

以上考察説示したところにより、当裁判所は、建物の所有を目的とする賃借権については、前叙の一般の賃借権の場合と異なり、これについての差押または仮差押の申立があつたときは、その目的土地上に現に建物が存すると否とを問はず、たとえ、右申立の際にはその譲渡性が具備されていなくとも、換価―これは民訴法第六二五条第一項、第六一三条により、債権者の申立によるいわゆる譲渡命令その他の特別の換価方法を命ずる命令によつて行なわれることになるが、右申立の時期は債権者の選択に任される―のときまでに譲渡性が付与される可能性は相当高度に存するものと推定するのが相当であり、従つて右の推定を覆すに足りる特段の事情が認められない限りは、その差押または仮差押の申立はこれを許容するのが相当であると思料する。

(三) ところで、本件借地権については、申立人提出の全証拠資料によるも、換価のときまでに譲渡性が付与される相当高度の可能性がないものとは認められない。却つて申立人提出の証拠資料によれば、本件借地権についての賃貸人である丸沢正雄は、借地人による本件借地権の譲渡につき、相当の譲渡承諾料を支払つてもらうことができて、且つ、譲受人が信用のおける人でさえあれば、承諾を与える意向であることが認められるのであつて、この事実によつても、本件借地権についてに、換価のときまでにその譲渡についての賃貸人の承諾が与えられることにより、若しくは借地人である申立人がその目的土地上に建物を建てた後に、借地法第九条の二または三による右承諾に代わる許可の裁判がなされることにより、譲渡性が付与される可能性が相当高度に存するものと認めることができる。

以上のとおりであるから、本件借地権に対する仮差押は許されない、という申立人の主張は、採用できない。

三申立の理由第二について

先ず、主文第一項掲記の仮差押決定に対し、申立人(債務者)が異議を申立てたことによる当庁昭和四七年(モ)第一〇八七八号借地権仮差押異議事件の記録および同事件の判決によれば、同事件において申立人(債務者)は、本件借地権は被差押の適格を欠くものであるから、前記の仮差押決定は、不当であると主張したのに対し、右判決は、その理由中で、証拠により、「本件借地の賃貸人である訴外丸沢正雄は、借地権の譲受人の信用および名義書換料の支払等の条件次第によつては、本件借地権の譲渡を承諾する意向であることが窺われるのであつて本件借地権の移転については、右の限度で賃貸人の承諾を期待し得るものといわなければならない。」と認定して、申立人(債務者)の右主張を排斥したこと、そして前記仮差押決定は右判決で認可されたことが明らかである。

ところで、申立の理由第二は、右仮差押異議事件判決の理由で示された右判断の不当を主張するものであるが、若し右主張が単に本件借地権に対する仮差押執行が許されないとの趣旨のものとすれば、それは申立の理由第一の主張に帰一し、これに対する判断は、既に判示のとおりであつて採用できない。若し右主張が右判決理由中の判断としてのその不当を主張するものとするならば、かかる主張をすることは、執行裁判所に対する執行に関する不服申立である本件仮差押の執行方法に関する異議の事由とはなり得ないものといわなければならない。けだし右判決理由中の判断は、被申立人(債権者)の具体的な執行目的財産を本件借地権に制限した前記仮差押命令申請の当否についての判断の一つ―若し本件借地権が申立人(債務者)主張のように被差押適格を欠くものとすれば、被申立人(債権者)の前記の制限的仮差押命令申請は、申請の利益を欠くことになり、却下を免れなかつた関係にある―として判示されたものであつて、本件借地権に対してなされた仮差押執行の適否について判示したものとは解し得ないからであり、更にかかる主張をすることは、右判決が本件借地権に対してなされた仮差押執行の適否をも判断したことを前提とするものといわざるを得ないところ、かくては本件借地権に対する仮差押の執行方法についての不服申立は上訴の方法によるべきことになり、もはや執行方法に関する異議申立の方法によることは許されないことになつてしまうから、本件仮差押の執行方法に関する異議申立において右のような主張をすることは、自己撞着に帰し、この点からしても許されないものとしなければならないからである。いずれにせよ、申立人の申立の理由第二の主張は、失当である。

四申立の趣旨二の理由について

申立の趣旨二の理由は、要するに、借地権を仮差押する場合、賃貸人は、第三債務者ではないとの前提に立つて、前記仮差押決定主文(二)項の不当を主張するものである、よつて案ずるに、債権および他の財産権に対する差押または仮差押における第三債務者とは、差押または仮差押の対象となる債務者の権利に対応した義務を負う者をいうのであるから、借地権の差押または仮差押において、賃貸人は第三債務者に当たるものといわなければならない。それで借地権の差押は、民訴法第六二五条第一項により、その仮差押は同法第七四八条によつて準用される同法第六二五条第一項により、いずれも同法第五九八条を準用して執行することになるのであるが、借地人に土地を引渡してしまつた賃貸人がその義務の履行として該土地を借地人に使用、収益させても、また借地人がその権利の行使として該土地の使用、収益をしても、そのことによつて借地権の経済的価値は消滅もしなければ減少もしないのであるから、借地権の差押または仮差押の執行にあつては、借地権の経済的価値を確保するために、借地人に、同人がその権利の行使として該土地の使用、収益をなすことを禁止したり、賃貸人にその義務の履行として借地人に該土地の使用、収益をさせることを禁止したりするのは無意味であつて、その必要がなく、唯借地人が借地権を処分することを禁止することのみが必要であり、且つそれで充分である。従つて借地権の差押または仮差押の執行方法としては、民訴法第五九八条第一項は、債務者すなわち借地人に借地権の処分の禁止を命ずる限度でのみ準用されるべきである。第三債務者たる賃貸人に対しては、いかなる禁止命令も発する必要はない。(このことを理由に、賃貸人を第三債務者でないとするのは、謂わば逆立ちした論理であるのみならず、引いては借地権の差押または仮差押の執行は民訴法第六二五条第二、第三項によるべきであるという誤つた結論を導くに至る。)前記仮差押決定主文第二項は、第三債務者である賃貸人丸沢正雄に対して、債務者(申立人)のなす本件借地権の譲渡につき承諾を与えることを禁止しているが、本件借地権が未だ譲渡性を具備していないものである以上、このような禁止命令は本件借地権の譲渡性具備の途を徒らにふさぐだけであつて、有害無益なものというほかはない。要するに、前記仮差押決定主文第二項は、本件借地権に対する仮差押の執行方法を誤つた違法なものであつて、これを取消さなければならない。

なお、借地権の差押または仮差押においても、民訴法第五九八条第二、第三項はそのまま準用されるものと解するのが相当である。けだし民訴法第五九八条第二項が差押命令を職権をもつて第三債務者に送達すべきものとした法意は、差押の効力が当事者以外の第三者に対しても及ぶべきものとする以上、その公示手段のない債権差押の方法としては、せめて、直接の利害関係人であり、且つ該債権の満足の成否がかけられている第三債務者に対し、差押のあつたことを告知すると共に、そのことによつて、債務者と該債権の取引関係に立とうとする第三者が、第三債務者から該債権の差押えられていることを知り得る可能性を開く必要があるというに存するのであつて、差押命令が第三債務者に対して債務者に支払をなすことを禁止したことを単に第三債務者に告知するに在るのではなく、また、同法同条第三項が差押は第三債務者に対する差押命令の送達をもつてこれを為したものと看なすことにして、差押の効力発生の時期を定めたのは、同条第二項の右のような法意に添うためであつて、第三債務者が差押命令の中で債務者に対して支払をなすこと禁止されたためではないと解されるところ、同法同条第二、第三項の右のような法意は、金銭債権の差押についてのみならず、凡そ第三債務者のある権利の差押または仮差押について、一般的に妥当するものであり、第三債務者に対して、なんらかの禁止命令を発すると否とに関わりがないからである。それ故、借地権の差押または仮差押においても債務者すなわち借地人に借地権の処分禁止を命じた差押命令または仮差押命令は、第三債務者たる賃貸人および借地人たる債務者に職権で送達されるべきであり、第三債務者たる賃貸人にそれが送達されたときにその執行がなされたものと看なされることになる。

五申立の理由の追加について

右追加にかかる申立の理由の主張は、やや明確を欠くが、その要旨は、前記仮差押決定における被保全権利であつた被申立人(債権者)の手形債権については、昭和四七年一二月中に被申立人(債権者)勝訴の手形判決があつて、該判決は既に確定したから、本件借地権に対する仮差押は、本執行に移行したが、少くとも本執行移行の時点においては、本件借地権は移転性が付与されていなければならないにも拘らず、未だにその移転性は付与されておらず、しかもその目的土地は未だに建物の存しない空地であるから、これに借地法第九条の二、三または四が適用され本件借地権に譲渡性が付与される余地はあり得ず、従つて本件借地権に対する本執行(差押)は取消されるべきである、というに在るものの如くである。しかしながら、前記仮差押決定における被保全権利であつた手形債権につき申立人主張のような手形判決があつたことないしは該判決が既に確定したことについてはなんら証拠がなく、仮にそのような判決が確定したとしても、そのことによつて本件借地権に対する仮差押が当然に本執行(差押)に、移行したものと解することはできない。仮に本件借地権に対する仮差押が本執行(差押)に移行したとしても、前判示のとおり本件借地権については換価のときまでに譲渡性が付与される可能性が相当高度に存するものと認められ、且つ、かかる場合その差押が許容されるべきこと前判示のとおりであるから、本件借地権の本執行(差押)は適法であつて、これが取消されるべきであるとの申立人の右主張は、失当である。

六職権調査について

以上説示したところのほか、職権によつて前記仮差押申請事件記録を調査するも、本件借地権の仮差押執行については、他に違法の点は発見できない。

七むすび

以上判示のとおりであるから、申立人の本件仮差押の執行方法に関する異議の申立は、本件借地権に対する仮差押の執行方法を誤つた前記仮差押決定の主文第二項の取消を求める限度で正当であるが、その余は失当である。ところで前記仮差押決定の主文第二項を取消すとすると執行裁判所としての当裁判所は、これと同時に被申立人(債権者)の本件借地権に対する仮差押執行の申立に応答して本件借地権に対する適法な仮差押の執行をしなければならない。そこで右二つのことを併せ行なう趣旨において、前記仮処分決定の主文第二項を、本決定主文第一項後段のとおり変更することにする。申立費用の負担については、民事訴訟法第九二条但書を適用する。

よつて主文のとおり決定する。

(宮崎富哉 和田日出光 鈴木勝利)

別紙(一) 借地権目録

一 賃貸人の住所氏名

東京都北区赤羽二丁目五二番一号

丸沢正雄

一 賃借人の住所氏名

東京都北区赤羽西一丁目三二番五号

金鎮奎

一 物件

東京都北区岩淵町二丁目三二九番二一

宅地522.00平方メートルのうち別紙図面の斜線部分 宅地92.00平方メートル

一 賃料

一ケ月金八、二五〇円(3.3平方メートル当り金三〇〇円)

一 期間

昭和四六年二月一日から同七六年一月三一日までの三〇年間

一 目的

堅固建物の所有

<図面省略>

申立の理由

第一

一 申立人は債権者(被申立人)債務者(申立人)間の御庁昭和四七年(ヨ)第四五二七号借地権仮差押申請事件において、御庁から申立の趣旨掲記のような仮差押決定を受け、その命令正本は申立人(債務者として)および賃貸人(第三債務者として)に送達されている。

二 しかしながら建物の所有を目的とする土地の賃借権は、一般的に譲渡性が付与されているかまたは賃貸人が差押の承諾をしているか等のように賃貸人において予め賃借権の移転を許していないかぎり、差押ができないとするのが通説判例であつて(東地大正一三・三・二九・法律評論一三・民五五〇。昭和六・二・一九・仙台地・法律新聞三二四一。昭和七年一〇・一九・司法協議会決議、司協一一巻一二・六五。昭和二七年(オ)第一〇五五号同三〇・五・一三・最高二小法廷。昭和二九年(う)七七二九号同九・二七・福岡高裁等参照)、これはこの種の財産権の差押は究極するところ換価命令(民訴六一三条)かまたは譲渡命令(民訴六二五条第三項)に移行することによつて強制執行の目的を遂げるのであるから、その譲渡性(移転性)が明確でないのでは、結局強制執行の目的物としての適格性を欠くことになるからのものである。そして賃貸人は賃借権の無断譲渡に対しては賃貸借の解除ができるものであるし(民法六一二条)、また譲渡を承諾するか否かは具体的に承諾を求められたときに意思決定をすればそれでよいことの自由を有するものである。判例が「予め」賃借権の移転を許していないかぎり差押ができないというのは、この故に外ならないのである。

三 借地法第九条の二、三、四の制定によつて借地賃借権に或る程度の移転性が生じたことは事実であるが、しかし右法条は建物の移転に付随して借地権を移転させる場合を定めたもので、建物所有権の移転を完つたからしめることに力点を置いているのであつて、その場合に借地賃借権を移転させるためのきめのこまかい詳しい立法作業をしていること自体、反面において建物移転の伴わない借地賃借権の移転には、賃貸人の承諾の任意性が大前提となつていることを裏書して余りあるのである。

四 ところで本件借地上には建物が無く全くの更地であつて、賃貸人(第三債務者)丸沢正雄は一般的にも特定的にも本件借地賃借権の移転を予め許している事実は毛頭ないのであるから、本件仮差押(延いてはその後の差押および強制執行)は許すべからざるものであること自明であるので、申立の趣旨一のようなご裁判を求める次第であります。

第二

一 申立人は被申立人を相手方とし、右述第一の事由を不服理由として仮差押決定に対する異議の申立をしたところ、御庁昭和四七年(モ)第一〇八七八号事件としてご審理がなされ、同四七年一二月二七日原決定を認可するとの判決があつたのである。申立人はこの判決に対する不服の方法として控訴すべきか否かにつき検討したのであるが、最高裁昭和三二・一・三一の判決(民集一一巻一号一八八頁)は特定物を目的とする仮差押決定には仮差押決定とその特定物に対する執行決定との二つが併存していることの説示をしているし、また特定物を目的とする限定的仮差押を是認する立場をとつた近藤判決(東高昭和四一・八・二・一五民事部・判例タイムズ一九五号八四頁)でさえも、執行目的物が執行の許されない物であるときの不服申立は仮差押異議の手続によるべきではないといつていることや、学説は挙げてこの種の異議は民訴五四四条によるべきであるとしているので、上記判決に控訴をしても手続方法を誤つたものとして処理されるのは必至であるので、茲に不服申立の方法を切り替え本申立におよんだ次第である。

二 右述の異議審では前項の問題意識があつた上でなされたものかどうか明らかでないが、右述の異議理由について証拠調べをなされ、異議理由の実体に立入つて判断され債務者の主張は「採用し難い」とされその根拠として、

(1) 借地権が借地権価格という経済的価値をもち、客観的財産権として把握されるに至つている。

(2) 借地権の移転についての賃貸人の承諾が或る程度期待し得る場合には借地権を差押えることは許されるものと解するのが相当である。

(3) 証人丸沢正雄(賃貸人)の証言によれば、借地権の譲受人の信用および名義書換料の支払等の条件次第によつては、本件借地権の譲渡を承諾する意向であることが窺われるので

との三点を判示されているのである。

三 しかし

(1) 経済的価値があり、客観的財産権として認められるものであつても、法の明文により、或はその権利の性質により、差押のできない財産権が数多く実在しているのは顕著な事実である。

(2) 債権仮差押の債権者が債務名義を得たときは、その仮差押は本差押に移行することは異論のないところである。そして借地賃借権に対する金銭債権についての強制執行は、先づ差押がなされ、次いで換価命令(民訴六一三条)または譲渡命令(同上六二五条三項)によつて終結するものであつて、単に差押しただけで停止し、その後の進行のできない宙ブラリンの差押ということのありえないのはもちろんである。ところで借地賃借権(賃貸人が予め賃借権の移転を許している場合を除く)は、賃貸人賃借人間相互の信頼関係を基礎として存続しているものであり、賃貸人は賃借権譲渡の承諾について完全なる自由を有しているものである。「賃貸人の承諾が或る程度期待し得る」という程度の漠然たる根拠で直ちにその借地賃借権に譲渡命令や換価命令ができるとするのは乱暴であるという外ないものである。もしまた条件づき換価命令とか譲渡命令ができるというのであれば、強制執行手続の確実性の要請に背反し、法的安定を害すること甚しいことになるのである。更にまた所云「譲受人の信用および名義書換料の支払等の条件次第によつては」を定めるための手続法規を全く欠いているのに、譲受人の人選、名義書換料の金額、支払方法などはどのようにして決定するのか、そのようなことを決定しうる法的根拠はどこにあるのか等については、何んの手がかりも見出しえないのであつて、微に入り細にわたつて実定法の設けられている借地法九条の二ないし四の場合と同列に思考しうるものではないのである。

(3) 証人丸沢は、譲受人の信用や名義換料の額や支払方法等を勘案し、そのときになつて考える趣旨の証言をしたに止まるのであつて、それはあくまでも譲渡諾否の自由を保留した意思の供述であつたのであり、右判決も「窺われるので」と控え目にされたのもその故と考えられる程度のものでしかないのである。

要するに右判決は独自の見解を示されたものと称する外ないのであつて当事者としては到底承服できるものではないのである。

第三 申立の趣旨二の理由

金銭債務における第三債務者は弁済の義務あるものであるが、宅地賃貸借における賃貸人は賃借人の債権者から譲渡承諾の制限を受けねばならない理由も根拠もないのである。菊地・村松「仮差押仮処分」一六八頁以下は、借地権に対する仮差押は法律上問題もあるがこれを認容する裁判所がある――しかし借地権については賃貸人は第三債務者でないし――仮差押決定の主文には第三債務者に関することは掲げない。としているのである。

第四 申立の理由の追加

一 仮差押は将来なさるべき本執行の遂行を保全することを目的とするものであり、被保全債権が確定するときは本執行へ移行するものであつて、民訴七五〇条四項はそのことを示しているものであるとすることに異論はないのである。大審院も仮差押の執行後本案訴訟において勝訴判決の確定にかかわらず債権者が本執行を逡巡するときは債務者は執行方法の異議申立ができるとしており(大判昭和一〇、五、七、民集一四巻八一七頁)この判決はその前文において、「被上告人の勝訴判決確定したるを以て仮差押は最早本差押に移行せるか少くとも移行の可能性は巳に生ぜるものに外ならず」としているのである。なお本件仮差押の保全権利である手形債権については昭和四七年一二月中に手形判決があり、それはすでに確定している。

二 右述のように仮差押は本執行に移行するものであるから、民訴第六編第二章第一節第三款「債権及び他の財産権に対する強制執行」に移行すべき仮差押においては、それが本執行に移行する時点において右第三款所定の強制執行が可能であることを要するのは理の当然である。ところで借地法九条の二、三、四によつて付与されている借地権の移転性は、建物の移転に主体性をおき、建物の現存を前提とし、現存建物の移転に付随して敷地借地権の移転を認めるにとどまるものであるが故に、仮差押が本執行に移転するときに、建物が現存しておりその建物に公売または競売がなされ、その建物の公買または競売に付随して借地権が移転しうることを確実視するに足る特段の事情でもないかぎり、空地になつている借地権の仮差押(予め賃貸人の承諾があるときを除き)が許さるべきでないことは、申立人がるる主張してきている通りのものである。そして本件仮差押の被保全債権には前記のようにすでに債務名義が成立しており、したがつて本執行に移行すべき関係が生じている時点にあるのに、本件地上に建物は存在せず、空地のままであるから、借地法九条の二、三、四による借地権の移転性のありえないのは自明であり、民訴第六編二章一節三款所定の強制執行を遂行しうる余地のないこともまた明白かつ顕著であるものである。

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